「SPY/スパイ」の分かりにくいギャグを字幕翻訳家が徹底解説

2016年9月1日木曜日 映画

spy
http://beagle-voyage.com/movie-spy-review-2015.html

「ケツの穴が小さい」って慣用表現。謎すぎる。「度量が狭い」という意味ですが、なぜにケツの穴??? しかも小さいとダメなの? むしろケツの穴が大きいほうが問題じゃないですか。ダダ漏れしちゃいますし。やはりア〇ルたるもの、キュッと締まっているのがよろしいかと。

どうも、管理人です。今回取り上げるのはメリッサ・マッカーシー主演の映画「SPY/スパイ」。リブート版「ゴーストバスターズ」で話題沸騰中のポール・フェイグ監督が贈る傑作アクションコメディでございます。残念ながら日本では劇場公開が見送られ、ソフトスルーに。でも観られるだけありがたい。同じメリッサ主演の「Tammy」はDVDにもなっていませんから(涙)。

以前解説した「ズーランダーNo.2」ほどではありませんが、本作品にも日本人には伝わりにくいであろうギャグがいくつも散りばめられていました。そこで、サタデー・ナイト・ライブの字幕制作にたずさわるぼくが徹底解説いたします!

ヤッツィー!

yahtzee
https://boardgamegeek.com/boardgame/2243/yahtzee

冒頭の潜入捜査シーンで敵をあっさり片付けたブラッドリー・ファイン(ジュード・ロウ)が発したセリフ、“Yahtzee!”(ヤッツィー!)。

お笑いコンビ「エレキコミック」のやついさんとは何の関係もありません。ヤッツィーてのは、5つのサイコロを振ってポーカーの手に似た手を作り高得点を競うゲームの一種。最も高得点の手が”ヤッツィー”です。ポーカーのロイヤルストレートフラッシュみたいなもんですね。

字幕では単に「オールクリア!」となっていました。その発言に対して、ブラッドリーのパートナーであるスーザン・クーパー(メリッサ・マッカーシー)は“Zinger!”(ジンガー)と返答。「うまいこと言うね!」「座布団1枚!」みたいなニュアンスの掛け声です。

「ヤッツィー!」に対して「ジンガー!」。このやり取りに、余裕たっぷりで軽妙なブラッドリーと、彼にベタ惚れするあまり相手に調子を合わせがちなメリッサの二人の関係性がうまく投影されています。

サンダー・カント

thundercunt

http://romaromeo.deviantart.com/art/thundercunt-331359995

スーザンが書いた報告書について上司のエレイン(アリソン・ジャニー)が注意するシーン。「”thundercunt”(サンダー・カント)なんて言葉遣いはいただけないわ」と。

カントといってもドイツの哲学者のことではありません。ここでは女性のチョメチョメを意味します。ビッチと同じニュアンスを持つ罵り言葉です。そのカントの最上級表現が”サンダーカント”。知っていても日常生活では絶対に使ってはいけないNGワードです。なのに、スーザンったら・・・。

キューブリック監督の「フルメタル・ジャケット」に出てきてもおかしくない極めて下品な言葉なのですが、字幕では普通に「クソ女」と訳されていました。うーん、もう少し猥褻感を出してほしかったな。「ズベ公」とか「ヤリマン」とか「パンコ」とかさ。汚い言葉ならいくらでも思いつくぼくちゃんです。

50セント

50cent
http://www.ferrarilamborghininews.com/blog-entry-5460.html?sp

「(身元がバレているなら)例の顔移植マシーンで別人になればいい」と言ったリック・フォード捜査官(ジェイソン・ステイサム)に対するエレインのセリフ。”Do you have quarters? Because it costs 50 cents”(25セント硬貨もってる?お代は50セントよ)

要するに、「顔移植マシーンなんて存在しない。そんなの子供の遊びよ」ってことなんですけど、吹き替えのセリフがこれまた素晴らしくて、「変身ごっこはひとりでやって」と超スマートに訳されていました。

しかーし。このセリフ、映画後半に用意されたサプライズの伏線になっているんですよね(たぶん)。それを意識してか字幕では「50セントよ」と原音通りに訳されていました。それ以上は、言わないでおきましょうか。

フォエバー・フレンズ

beaches
https://en.wikipedia.org/wiki/Beaches_(film)

1988年に公開されたメロドラマ映画「フォエバー・フレンズ」(原題は「Beaches」)。スーザンがCIAから支給された腕時計の文字盤には、主演の二人(ベット・ミドラー&バーバラ・ハーシー)の写真がプリントされていました。

「観てきたドラマやアニメで世代が分かる」と言いますが、この仕込みもその効果を狙ったもの。「フォエバー・フレンズ」をリアルタイムで観て夢中になった世代ってのはつまり・・・オバサンなわけで。

ちなみにこの映画、日本を代表する映画データベースのallcinemaさんが酷評していますのでぜひご一読を(笑)↓

主演のミドラー自身が製作に一枚噛んだソープ・オペラで、G・マーシャル演出らしく見ている間はTVシリーズのように楽しめるが、想い起こすと残るものがない、女の友情物語。弁護士志望の幸福な娘のハーシーを蹴散らすクラブ歌手を演じるミドラーの大仰な演技に閉口する。ハーシーが結婚を選び、ミドラーがステージで成功を収めた時、二人はそれぞれの人生観の違いを理解し、大人のつき合いを模索するが……。かなり“泣ける”話だったが、その辺が最早印象からうせている。(allcinemaさんから引用)

マーサ・スチュワート

marthastewart
http://www.foxnews.com/

晴れてスパイになったスーザンが最初に滞在することになるホテルがですね、これまた場末もいいところでメチャクチャ汚い。その様子を彼女はこう表現します。”Martha Stewart had a breakdown, kind of  feel.”(マーサ・スチュワーがヒステリーを起こしたみたいな感じ)

マーサ・スチュワート↑ってのは、いわゆる「カリスマ主婦」の草分け的存在。料理から手芸、園芸、室内装飾まで、あらゆるライフスタイルを提案する”ライフコーディネーター”として一世を風靡しました。ところが2002年にインサイダー取引の容疑で逮捕。2004年に有罪判決を受けました。そういうのもあって彼女にはどこか、ダメ人間オーラと、キレたらヤバそうなイメージがつきまといます。

ちなみにぼくが愛する「サウス・パーク」の中での彼女はこんな感じ↓

martha_southpark
http://giphy.com/gifs/south-park-bries-martha-stewart-kTrVT6tlx8RvW

ついでに、スーザンの同僚ナンシー(ミランダ・ハート)もホテルの室内を見てひと言。”Looks like they put you up in the Shitz-Carlton”(シッツ・カールトンに入れられちゃったみたいね)

お分かりいただけるかと思いますが、シッツ・カールトンってのは高級ホテル「リッツ・カールトン」をもじったものです。字幕では「3つ星ウンコのホテルね」、吹き替えでは「高級ならぬ、肥溜めホテル」となっていました。この場合は、字幕に軍配が上がるかな、と。こういうダジャレを字数制限内で訳すのって、フリースタイルラッパー並みの言語センスが問われるんですよね。

ニュージーズ

newsies
https://www.ticketomaha.com/Productions/newsies

ジェイソン・ステイサム扮するアホ捜査官の変装を見てナンシーがひと言。”He looks like he’s in the cast of Newsies”(「ニュージーズ」のキャストみたい)

ミュージカルに疎いぼくは恥ずかしながら何のことか分かりませんでした。ヤホーで調べたところによると、「ニュージーズ」てのは1992年公開のミュージカル映画だそうで、興行収入的にはコケたもののビデオ化されてカルト的人気を得た作品だとか。その後ブロードウェイでも舞台版が上演され、トニー賞にもノミネートされました。

確かにあのシーンでのジェイソン・ステイサムの服装は「ニュージーズ」のキャストっぽかった。あのハンチング帽とか特に。

日本人には絶対に伝わらないと判断されたのでしょう、字幕では「芝居がかった服を着てるわね」、吹き替えでは「早起き大好きなおじさんみたい」となっていました。

アルド

aldo
https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=28258766

イタリア人の助っ人アルド(ピーター・セラフィノーウィッチ)が自己紹介するシーン。”I’m Aldo, like the shoe store found in American malls.”(俺はアルド。アメリカのショッピングモールにある靴屋の名前と一緒だよ)

アメリカのショッピングモールに必ず入っているオサレ靴屋さん、それがALDO(アルド)です。このギャグも日本人には伝わらないと判断されたのでしょう、字幕では「あるあるのアルドだよ」、吹き替えでは「あるあるのアルに、ドタキャンのド」となっていました。

「テッド」の字幕監修も務めたことがある映画評論家の町山智浩さんなら、「俺はアルド。アルシンドじゃないよ」とか訳したりして???

タイレノールPM

tylenolpm
https://www.walmart.com/

薬を盛られそうになったレイナ(ローズ・バーン)をスーザンが間一髪で救うシーン。「女同士、助け合わなくちゃね。こういうことってよくあるし」と言うスーザンに対し、レイナが「あなたでもレイプドラッグを盛られることがあるの?」と聞き、スーザンは焦りながらもこう返答。”Once I asked someone for a Tylenol and they gave me a Tylenol PM”(そりゃ私だって・・・。タイレノールを頼んだら、タイレノールPMを渡されたことが)

過去記事「映画のクスリ、よもやま話」でも解説しましたが、タイレノールってのはアメリカを代表する鎮痛剤のブランド。日本でも市販されているのでご存じの方もいるかもしれません。そのタイレノール・シリーズに「タイレノールPM」ちゅうのがありまして、こちらには鎮痛解熱効果のあるアセトアミノフェンの他にも、塩酸ジフェンヒドラミンという入眠剤が配合されています。つまり、これを飲めば、痛みを抑えつつ、気持ちよく眠りにつけるというわけ。

それを踏まえて字幕では「鎮痛剤くれって言ったら睡眠薬だったことが」となっていました。ま、それはいいんですけど、元のセリフには「アリナミンAをくれって言ったらアリナミンEXを渡された」みたいな感じの滑稽さもありますよね。

キャグニー&レイシー

cagney_and_lacey
http://standardissuemagazine.com/arts/why-i-love-cagney-and-lacey/

レイナのボディガードにスーザンが両拳を突き出してキレるシーン。”You want me to have Cagney and fucking Lacey explain it to you?”(キャグニー&レイシーの出番ね!)

キャグニー&レイシーとは、80年代のテレビドラマ「女刑事キャグニー&レイシー」のこと。ぼくはまったく記憶にないんですが、日本でも地上波で放送されていたようです。「フォエバー・フレンズ」と同様、持ち出すネタがいちいち古いってのがポイントかと。日本のドラマだと「セーラー服反逆同盟」あたり? え、ご存じない? 中山美穂さんが出てたんですよ。

ちなみにこのドラマは、我がサタデー・ナイト・ライブでもパロディ化されました↓。その名も「Dyke & Fats」。リブート版「ゴーストバスターズ」で正真正銘のスターとなったケイト・マッキノン(レズビアン)、そしてエイディ・ブライアント(おデブちゃん)が主演しています。

dyke_and_fats
http://www.huffingtonpost.com/2014/03/30/

「SPY/スパイ」:脚本からキャラクター造形、アクションまで全てが見事な傑作コメディ

ポール・フェイグ監督作品のベストは満場一致で「ブライズメイズ」だと思うんですけど、本作品はそれに比肩するくらいの傑作でした。

まず、脚本がうまい。ムリがない。最初の10分くらいでセットアップ(テーマ提示・状況説明・キャラ設定)がサクッと完了。そして開始30分以内に第1ターニングポイント(=スーザン、戦うことを決意)を迎える。いわゆるACT1(第1幕)の組み立て方が教科書どおりで実にスマートです。コメディ映画だと前半にいろんなギャグを詰め込みすぎてグダグダになりがち(例「ズーランダーNo.2」)なんですが、本作品は笑いを減じることなく、これ以上ないくらい自然な流れで物語を進行させていました。だからこそ観客は、なんら疑問を持つことなくスーザンと感情をシンクロさせることができるのです。

そして、ジェイソン・ステイサム扮するアホ捜査官がファッキン素晴らしい! 物語が低空飛行になりそうなところでこのコミックリリーフが登場して大ボケをかましてくれるので、始めから終わりまで退屈することがありませんでした。あと、イタリア人助っ人のアルドもね。

他にも、おそらく「マトリックス」や香港映画に影響を受けたであろう格闘シーンやカーアクションなども見応えがあり、コメディファンのみならずアクションファンも楽しめる極上エンターテイメントに仕上がっていました。

アンダードッグ(負け犬)の逆転劇を描いた作品は無数にありますが、「SPY/スパイ」は他とは一線を画します。なぜなら、主人公スーザンは単なるアンダードッグではなく、アンダーエスティメイテッド(過小評価されている人)だから。能力はずば抜けて高いのに、容姿やジェンダーもしくは社会階級のせいで損しているだけ。こういう人、現実世界にいくらでもいますよね。能力のない正真正銘のルーザーが逆転することは現実的にあり得ないけど、能力のあるルーザーが逆転するってのは十分あり得る話。すごくリアル。だから観客も「俺だって/私だって」と思っちゃう。メリッサ・マッカーシー演じるこの新たなヒーローに、ぼくだけでなく世界中の人々が快哉を叫んだことでしょう。

ま、とにかく、「SPY/スパイ」、オススメです。ぜひ観てください。

では今日はこの辺で。また来週~。

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